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沖縄県戦没者遺骨収集活動2025春

 2月17日から22日までIVUSA学生49名、沖縄学生5名、事務局1名、計55名で沖縄県戦没者遺骨収集活動を実施しました。

 本活動は「戦争当時の状況を理解し、戦没者やご遺族の方の想いに寄り添いながら遺骨収集を行う」という考え方を大切に、遺骨収集と平和学習の二本柱で行っています。

 活動初日の17日は、関東・関西の学生が那覇空港で合流し、宿舎の真栄平公民館にて結団式をしました。結団式では、遺骨収集方法や骨格構造に関する理解度テストとグループワークとして活動の個人目標を考え、共有しました。

 2日目の18日は、平和学習のため沖縄県平和祈念資料館とヌヌマチガマ、対馬丸記念館を訪れました。
 平和祈念資料館は、沖縄戦に至るまでの歴史や背景の展示からはじまり、沖縄戦体験者145人の証言やガマのジオラマ、遺品が展示されています。思わず目を背けたくなるような写真もあり、戦争の実相を生々しく住民目線で伝えていました。

 ヌヌマチガマは、病院壕として1,000名以上の傷病兵が収容され、補助看護婦として白梅学徒隊や地元住民が動員されていました。ガマ内はガイドの方の解説のもと、当時の状況を想像しました。暗闇で視界が悪く、足元もぬかるんでいるため、移動するだけで精一杯でした。当時は異臭とうめき声がガマ中から聞こえたそうですが、私たちが見学した際は天気が良くガマ内は空気が澄んでいたため、学生からは「風化とはこういうことかもしれない」と感想があり、ガイドの方からは「訪れる人にはガマの風化も感じてほしい」との声がありました。

 対馬丸記念館では、対馬丸事件の生存者である照屋恒さんからお話を伺いました。1944年8月22日、多くの子どもを乗せた疎開船、対馬丸はアメリカ軍の潜水艦攻撃により撃沈し、1,484人が犠牲になりました。照屋さんは当時の状況を詳細に語り、私たち学生へ「戦争はだけは絶対にしてはならない。将来の夢はいくら変わってもいいが、戦争をしてはいけないということだけは変えないでほしい」と仰っていました。

 3日目と4日目は、事前勉強会や平和学習で学んだことを活かし、沖縄県糸満市摩文仁周辺にて遺骨収集活動を実施しました。
 今回の活動では3つの活動場所に分かれました。はじめに各場所で動線を確保し安全に遺骨収集するために、草木の除去や岩運び、ごみの回収などをしました。

 一つめの場所は、ごみと土が堆積していたり、視界を遮るほどの大きさの植物があったりと遺骨収集をする以前の問題がたくさんありました。崖下であるため、回収したごみの運搬方法にも頭を悩まされました。そのような状況でも学生たちは今できる活動に全力で向き合いました。

 二つめの場所でも、遺骨収集に加えごみの回収にあたりました。腰の高さまでごみが堆積しており、2日間で81袋ものごみを回収しました。その下からはいくつかの遺留品や薬莢、骨片、ご遺骨をお迎えすることができました。ご遺骨がごみの下に眠っている現状を知った学生からは、やるせない気持ちや憤りを感じたという声が多くあがりました。

 三つめの場所では、急斜面に堆積したごみの回収と小さな骨片を見逃さないよう、土をふるいにかけながら遺骨収集をしました。また、岩に苔が生えているという特徴から、ご遺骨お迎え時の形状を予想し慎重に進めました。

 その結果、遺留品や骨片、ご遺骨をお迎えすることができました。いくつかのご遺骨は、大きな岩の間から集中的にお迎えしたことから、岩運び・撤去の重要性を再確認しました。

 5日目の21日午前は、遺骨収集最終日でしたが、悪天候のため中止となりました。そのため、宿舎にて「今後の沖縄隊の在り方」について意見を交わしました。

 午後は、沖縄県平和祈念公園の国立戦没者墓苑にて慰霊式を執り行い、先の大戦で亡くなられた戦没者の方々に哀悼の意を捧げました。

 6日目は宿舎の清掃後、最後の全体ミーティングにて「活動をふり返り、感じたこと」を共有しました。「活動に参加したことで、遺骨収集のイメージが変わった。戦没者に寄り添う気持ちが必要な活動だ」「今後も継続的に参加し、一柱でも多くの戦没者をお迎えしたい」との感想がありました。

 今回の活動では、ご遺骨となり土の中で眠る状態を「二度目の死」、人々に忘れ去られごみの下で眠る状態を「三度目の死」と表現する場面が多くありました。戦後80年を迎えようとしている今も、ご家族の元へ帰れていない戦没者の方々が多くいます。今、私たちにできることは戦争の事実と向き合い、「二度目の死」「三度目の死」から救うことではないでしょうか。

 最後に、活動をクラウドファンディングでご支援いただいた皆さま、ならびに関係者の皆さまに心より感謝申し上げます。今後も遺骨収集に真摯に取り組み、戦争の記憶と平和の尊さを後世に伝える存在となれるよう、精進いたします。